今週の説教
2026年6月7日 聖霊降臨節第3主日礼拝説教
『マルコによる福音書』1章29~34節
「奇跡は日常の只中に」
「お前、守るものがあるのかよ!」。教会の現場に遣わされる少し前、同志社大学神学部近くの喫茶店で詰めよった仲間がいました。「お前はこれから同志社大学神学部の駒になるのだぞ!」と怒鳴りつけた仲間もいました。その激しい気迫に圧倒されて、涙を流しながら夜中に河原町今出川通から賀茂川周辺をさまよい、召命とはここまで厳しいことなのかと苦悩しました。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう」との人の子イエスの教えを前にしますと、そのような日々を想い起こします。
さらには『わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない』。『マタイによる福音書10章37~38節』に記されたこの教えにも、深く動揺いたしました。かつての神学校、そして今でも一部の神学校ではこの『聖書』の箇所を問いとして牧師職を希望する者にぶつけて「あなたには召命観があるのかね」と厳しく献身者に問う場面があります。同時にローマ・カトリック教会や東方正教会の修道会でも、志願者にはこの問いがぶつけられます。この結果、牧師を志す若者が自らの係累を絶ち、教会の現場へと出て行ったという事実がありました。「係累を絶つ」。しかし自分の親族の種々のしがらみを絶ち、例えば万が一にも負債を抱える家族との関わりを放棄するとの態度は楽でもあるのだよと、恩師は穏やかにわたしに語りかけました。確かに仏教の世界では家族との関わりを絶って千日回行に励み、その行を達成した者、すなわち「大阿闍梨」は僧侶の中でも特別の立場を授かることでしょうし、キリストに従っていった結果、婚約を結果として反故にしながら独裁者の暗殺計画に連座、敗戦直前に処刑されたキリスト者の生涯の一部を誇張し誤解して却って身動きがとれなくなるという若者もいるかもしれません。けれども、キリストに従うというわざが、「家族を捨てる」という意味で決して短絡的に断定できないとのメッセージが、本日の箇所からは聴きとれます。
すなわち「わたしについて来なさい」と声をかけ、ガリラヤ湖の漁師を弟子にした後に人のイエスは安息日に会堂で汚れた霊に取りつかれた男性を癒します。そしてそのわざの評判が広がるなか、シモンとアンデレの家にまいります。ヤコブもヨハネもその場におりますので、ひょっとしたらこの場で拍子抜けしたかもしれません。それもそのはず、「わたしにしたがってきなさい」との招きにそれまでの暮らしを象徴する網を捨て、舟を置いて従ったはずのシモンの家で熱を出し寝込んでいる姑の話を聴いて、人の子イエスは傍へ行き、手をとって起こされる、すなわち癒しのわざをこの場でも行われたのちに、姑にもてなされるなかで育まれた交わりに加わっているのです。ペトロには家庭があった模様ですね。その時代どこにでもいるような癒し人や薬師はこの時代イエスのほかにもいたはずだとの説明もありますが、そうであればなおのこと、シモンとアンデレが突如失踪したかのような自宅でただ一人寝込む姑の混乱を、人の子イエスは決して疎かにしなかったと分かります。
イエス・キリストは「わたしについて来なさい」と招きつつ、同時にペトロの姑の苦しみや寂しさを忘れない救い主でもあります。この箇所からはイエス・キリストの招きの結果、奇跡の起こる場所がわたしたちの身近な場所にも隠されているとの示しがあります。日常生活へのしがみつきを進める処世術をイエス・キリストは語りません。むしろ古代ギリシアの奴隷アイソフォスによる、今でいうイソップ童話で「この場が故郷のロードス島であったならば良い結果が出せたのに」と嘆いたアスリートが「ここがロードスだ、ここで跳べ」と叱責されたという物語を超えて、イエス・キリストは、神のなさる奇跡の出来事を前にして、その出来事は世にいう「聖地」のみならず、わたしたちが深く根を下ろしている暮らしの場、生活の場にこそ語ってやまないように響きます。今朝の福音書の箇所はいわゆる「聖地巡礼」という言葉が無分別に飛び交う世にあって、イエス・キリストがどこにおられるのかを分かりやすく伝える箇所です。その日常で苦しむ人と出会うならば、自らも変り果てる気持ちとともに交わりを尊びたいと願います。
後日談。赴任先の教会での奉仕の最中、伴侶の具合が悪くなり、万事が立ち行かなくなったとき、かつて「守るものがあるのかよ」と一喝した仲間に、この先を相談しました。しばしの語らいの後に「牧会では自己顕示や支配欲は慎まなくてはならない。身近なところで苦しむ人が健やかになるためならば、神様はその判断をお赦しになる。それは単なる保身とは異なる」との結論を分かちあいました。若かったあのころとは少しだけ成熟しての今があります。
稲山聖修